「西住戦車長伝」 評価★★★ 昭和の軍神西住戦車長の逸話
1940
松竹大船 監督:吉村公三郎
出演者:上原謙、佐分利信、笠智衆、桑野通子ほか
126分 モノクロ
第二次世界大戦前の支那で大活躍した、久留米戦車第一連隊の小隊長であった西住小次郎中尉(死後大尉)の伝記映画。昭和はじめて
の軍神と呼ばれた西住中尉は、剛毅実直で部下思いの名指揮官であったと言われ、必ず戦場偵察には自ら赴き、支那人に対しても心優しい配慮をするなど多くの
エピソードを残している。徐州包囲戦で自らの偵察によって敵弾を受けて戦死するまで、第二次上海事変、南京攻略戦と30回にも及ぶ戦車戦を指揮している。
本映画は、従軍記者であった菊池寛の原作をもとに、一部ドキュメント映像も入っているようだが、ほとんどが新たに撮影されたもので伝記仕立ての構成と
なっている。軍神を祀るという意味合いからも、若干脚色等もあるのだろうが、ストーリーは極めてドキュメンタリー調になっている。その分、構成の面白さと
いう点では劣るが、何といっても映像のリアルさと戦闘シーンの迫力には目を見張るものがある。1940年公開ということで1938年の5月に西住中尉が戦
死してから間もなく、兵器、兵隊等の挙動等は当時の状況に限りなく近いと言えるのだろう。登場する部隊名や地名、用語がかなりわかりにくいのもそのためか
と思われる。ロケは廃墟や煉瓦造りの構造物の多さから中国だろうか。もし、国内ならば相当なセットを用意した事になる。一部、あきらかに室内セットとわか
る場面もある。
本作の主役は当然八九式中戦車乙型である。少なくとも15両以上の八九式中戦車が確認でき、この他先陣を切る九四式軽装甲車も登場する。単に行進するだ
けでなく、煉瓦の壁を突き崩して進む姿や、数は少ないが主砲を発砲する姿は実に頼もしい。ことのほか、戦車の戦術的用法は興味深く、歩兵支援として弾除け
役になるだけでなく、敵のトーチカ銃眼に横付けして盾になるなど面白い。また、戦車のアップも多く、戦車長ハッチの開閉や車載機銃の動き、前部の観察窓が
回転している様子、尾橇についている荷物など興味深いものがある。なお、戦車のマーキングは西住中尉車の「456」番のほか「8960」番、「み ほ」と
いうものも見える。戦車以外では歩兵の重機、軽機がいたるところで登場し迫力満点。
また、この時期の映画にしては火薬効果が凄い。戦車周辺に着弾する様子や、敵機銃の着弾など現代映画にも匹敵するほどの技術と迫力がある。さらに、意外
なほどカメラワークが洗練されており、手前に歩兵、遠方に戦車など遠近感を利用した構図や、ロング、アップの映像が実に効果的に用いられている。戦前の映
画では違った意味で亀井文夫の退廃的映像があるが、本作はいわば芸術的映像と言えよう。
あとびっくりしたのは、敵側蒋介石軍の鉄兜をはじめとする軍装がどう見てもドイツ軍のものであること。てっきり、いい加減な小道具を・・・と思ったが、
実は蒋介石中央軍はドイツ軍軍装だったそうだ。というのも昭和13年までドイツ軍事顧問がいたからで、本作はそれを忠実に再現していたのだ。さすがだ。
本作の製作は第二次大戦勃発直前ではあるが、決して好戦的な内容でもなく、嫌戦的なニュアンスも含まれた人情的映画である。地名や作戦の状況などがもっ
と分かり易くテロップなどを用いていればさらに良くなったであろう、名作である。
興奮度★★★★
沈痛度★★
爽快度★★★
感涙度★★