「激
戦ダンケルク」 評価★★★ ダンケルク撤退に協力した民間人船主たち
DUNKIRK
1958
イギリス 監督:レスリー・ノーマン
出演者:ジョン・ミルズ、ロバート・アークハート、レイ・ジャクソン
ほか
135分 モノクロ
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第二次世界大戦時の緒戦ダンケルク撤退作戦を描いたアクション・ヒューマンドラマ。現在日本語版DVDのリリースがないため、英語版を視聴した。主にフラ
ンス兵を主眼においた「ダンケルク(1964)」という映画もあるが、こちらはイギリス兵が主役となる映画で、ダンケルクの撤退戦を
戦う陸軍兵だけでなく、撤退作戦を支えた民間船主も描いた視野の広い作品となっている。
ダンケルク撤退戦はドイツ軍によるフランス、ベルギー電撃侵攻に伴い、退路を断たれた35万名の仏英軍がイギリス本土に撤退するため、1940年5月
26日から6月4日にフランスのダンケルク海岸から船で脱出した作戦で、別名「ダイナモ作戦」とも言う。ドイツ軍航空機によるダンケルク爆撃を受け、
200隻に及ぶ艦船損失を負いながらも、殿のフランス軍後衛部隊を除いて大部分がイギリス本土への撤退に成功している。だが、イギリス軍が持ち込んだ重火
器等の兵器を全て失い、フランスはドイツに占領されて士気は低下し、1944年のノルマンディー作戦までの4年間ドイツ軍に支配されることになる。
本作はベルギーに展開していたイギリス陸軍第13旅団B中隊の兵士のダンケルク撤退の様子と、ダンケルクに兵士救出に向かう民間船主の活躍が描かれてい
る。
突然のドイツ軍侵攻により、混乱の撤退のうち本隊とはぐれて迷子になった分隊の迷走ぶりが興味深い。何が起こっているのか、ドイツ軍がどこまで来ている
のか、自分たちはどこに向かえばいいのかすらわからない小隊は、本能の向くままダンケルクに向かう。ダンケルクの海岸では、砂浜を埋め尽くさんばかりの英
仏兵であふれ、我が物顔に攻撃するドイツ軍戦闘機の餌食となっていく様は悲壮感あふれる。丸腰で戦意喪失状態の歩兵にとって、まさに打つ手なしとはこのこ
となのだろう。
一方、イギリス本土では前線の緊迫感など微塵も感じられない訳だが、戦雲急変の様子に次第に軍に協力的になっていく民間人の姿が描かれている。生命の危
険をも顧みず小型ボートまでも駆り出して救出に向かう民間人の姿は勇敢ではあるけれど、戦時のプロパガンダ、戦意高揚作戦の成果だとも言える。自発的に船
を供出するものもいれば、断ることができない雰囲気に飲まれていくものもいるのだ。
ストーリー自体はちょっと単調気味。ダンケルクとイギリス本土を二元中継しているので、ブツ切り感も強く、今ひとつ盛り上がりに欠ける。ダンケルクの悲
壮感も民間船舶の勇敢さも、本来はもっと際だたせて描くことも可能だったはずで、ちょっともったいない気がした。また、登場人物の性格付けがあるようでい
て、今ひとつ生かされておらず心情移入も難しい。登場人物の個性を強く出さずに、ドキュメンタリー風に仕上げる意向があったのかしれないが、その辺りはや
や古い映画のイメージだ。
イギリスでの撮影のようだが、予算的にはチープな部類で、スケール感は大きくはない。登場する兵器類も極めて少なく、撮影に用いたと思われるものは軍用
トラックにジープ、小型ボート類だけと思われる。映像としてはドイツ軍機(Ju-88爆撃機、Ju-87スツーカ)、イギリス海軍駆逐艦が出てくるが、い
ずれも記録映像と思われる。実際のダンケルク撤退時の映像と思われるシーンも見られる。なお、艦船沈没シーンは「怒りの海(1953)」からの流用だ。
ドイツ軍の機甲師団が迫ってくる設定場面もあるが、ティーガー戦車などの映像は多分一度もなかったように思う。着弾シーンは比較的力が入ってはいたもの
の、戦場のリアル感という意味では減点要素だ。
全般に、起承転結に乏しく、映画としての完成度はさほど高くはないが、英軍及び民間人視点でのダンケルク撤退戦という題材はレアであり、貴重な映画であ
ることは間違いない。
興奮度★★★
沈痛度★★★★
爽快度★★★
感涙度★
(以下 あらすじ ネタバレ注意 反転でご覧下さい)
1940年のロンドン、軍情報省。新聞記者のチャールズ・フォアマンはヨーロッパのドイツ軍情勢に耳を傾けているが、オランダ、ベルギー、フランス方面の
情報なしという英軍の見通しの甘さに疑問を感じている。国境線には50万にも及びドイツ軍が待機しているはずであり、情報と対策が練られていないことに不
安を感じる。国民もまたドイツの放送を嘘と信じ、ドイツは攻めてこないものと思っている。
バーで、フォアマンは企業家のホールデン氏と会話し、ホールデン氏は軍服のバックル納入による戦時特需を喜んでいた。この話しをそばで聞いていた傷痍軍
人はホールデン氏の言葉に激怒し、フォアマン夫妻はこの状況を思案する。
ついにドイツ軍が電撃戦を開始し、ベルギーに侵攻する。Dijle川防衛の任務についていた第13旅団B中隊のランプキン中尉、ビンズ・タビー伍長ら6
名の小隊は、橋を爆破したうえでの撤退を命じられる。橋を爆破したランプキン中尉らが戻るとすでに中隊の姿はなかった。トラックが一台待っており、それに
乗ろうとした矢先、ドイツ軍爆撃機の襲撃を受ける。この攻撃で運転手とランプキン中尉が戦死。タビー伍長ら5名は仕方なく徒歩であてもなく歩き始める。
途中でベルギー人避難民の一群に出会うが、彼らを助けることは出来なかった。さらに、一台のバイクと出会い、近くに砲兵部隊がいることを聞き、合流する
ことにする。そこで少佐、准尉の指揮下に入りドイツ軍を迎え撃つが、ドイツ軍の砲撃でフレイザー伍長が戦死。それを目撃したバーロウが弱音を吐く。危機を
感じた少佐は、タビー伍長らに北に向かって自分の師団に合流するよう命じる。タビー伍長らは陣地を離れると砲兵陣地はスツーカ爆撃機の猛爆を受けて炎上す
る。
イギリス本土の司令部では、ドイツ軍の侵攻に手を焼き、もはや撤退しかないと判断する。しかもドーバー海峡を渡ってダンケルクから撤退させるには海軍の
協力が必要だった。ドーバー海軍司令部ではウェセックス、グレイハウンドらの駆逐艦を呼び寄せ、救出に向かわせる。さらに「ダイナモ作戦」と名付けた救出
作戦は、民間所有の船の徴用も開始し、BBC放送で呼びかける。フォアマンはすぐに徴用に応じることを決意し、ホールデン氏にも呼びかけるが、ホールデン
は乗り気ではない。だが、結局徴用に応じるため港に赴く。港の海軍指揮所では徴用の理由を教えないため、民間人船主たちは不満を漏らす。そこに、ダンケル
クからの撤退兵が到着し、そのやつれた姿を見て船主たちは徴用の理由を理解する。フォアマン氏は海軍士官に船の徴用だけでなく、自分が操縦して参加するこ
とを志願する。ホールデン氏も後に続き、多くの船主が危険な任務に従事することとなる。
タビー伍長らは農家に潜伏していたが、ドイツ軍に発見され逃亡するが、デイブが撃たれて死亡。タビーは夜間移動を試みるが、周りにはドイツ兵がうようよ
していた。再びドイツ兵に発見されて逃げ、ようやく友軍のトラックに拾われてダンケルクに到達する。ダンケルクでは多くの兵仏兵が滞在しており、船による
撤退を待っている。しかし、艦船の絶対数が少ない上、昼間はドイツ軍の爆撃にさらされて沈没する艦船も少なくなかった。タビー伍長らもいったんは船に乗り
込むものの、砲撃で炎上し再び陸に戻る羽目に。
海軍のラムゼイ中将は海軍艦船のダンケルク急行を命じ、アイバンフー、インパルシブ、イカルス、ハーベスト、ヘブン、ラパンの駆逐艦を向かわせる。
砂浜ではドイツ軍の度重なる砲撃と航空機攻撃にさらされ、損害を被る。責められる空軍士官はイギリス軍にはたった4戦闘飛行隊しかないのだと呟く。砂浜
に設けられた病院には次々に負傷兵が運び込まれるが、軍医は少ない。
フォアマンやホールデンのボートがようやくダンケルクに近づき、砂浜にあふれる兵士を見て愕然とする。フォアマンのボートはドイツ軍の爆撃で沈没。ホー
ルデンのボートも故障してしまう。修理の間、フォアマンは砂浜にあがっているが、ドイツ軍の機銃掃射で死亡してしまう。修理の終わったホールデンのボート
にはタビー伍長ら20名ほどが乗り込み、イギリスを目指す。だが、途中でエンジン故障となり、漂流しているところを大型船に救われる。タビー伍長らはよう
やくイギリス本土の土を踏むことが出来た。そしてホールデン氏も誇らしげに上陸するのだった。
(2008/06/04)
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