(以下 あらすじ ネタバレ注意 反転でご覧下さい)
内閣総理大臣秘書官の中島浩は、空襲で焼け出され、義弟である近衛歩兵第二連隊中隊長川崎一郎大
尉の家に居候していた。川崎大尉の弟二郎は慰問劇団員として中国地方に出張していく。8月6日、広島の原爆で二郎は死亡する。
時に日本政府は、連合軍から無条件降伏であるポツダム宣言受諾を迫られており、受諾派の首相、外相と徹底抗戦派の陸軍大臣、参謀総長、軍令部総長との意
見が食い違い、回答期限の8月15日までもはや猶予がなかった。川崎大尉を含む陸軍近衛師団の一部士官は、徹底抗戦を呼びかけ、陸軍大臣にも布告を出すよ
う要望する。しかし、陸軍大臣は結論が出るまで待てと命じる。一方、陸軍をおさえたい首相秘書官の中島は重臣に工作を図るが、憲兵隊にかぎつけられ失敗に
終わる。
首相はついに、決断を天皇陛下の御聖断を仰ぐことを決意する。陸軍大臣らには意見を聞くだけと説得し、8月14日に異例の御前会議が決定される。陸軍徹
底抗戦派は、御前会議の前にクーデター決起をすべきと考え準備を整える。この動向を察知した中島は、御前会議の開始を早めることを計画。密かに宮内省小宮
侍従を訪ね、内大臣を通して陛下の直々の同意を得ることに成功する。
8月14日、午前10:50。吹上御苑の防空壕で御前会議が始まり、陸軍大臣らは徹底抗戦を主張するも、天皇陛下は終戦の御聖断を下す。すぐに、15日
正午の陛下直々のお声による詔勅放送が決定され、中島は放送局との準備に取りかかる。
陸軍徹底抗戦派の石山大佐をはじめ、小島少佐、川崎大尉らは陸軍大臣を訪問、決起を進言するが、陛下の言葉には逆らえないとして拒否される。陸軍大臣は
若手将校の行動に危機を感じ、山中東部軍司令官、林近衛師団長を呼び、クーデターを抑えるよう指示する。さらに、首相のもとを訪れ、それまでの非礼を詫び
るのだった。
NHKでは陛下の録音準備にために宮内省に部屋を設け、約15分の詔勅を録音する。この頃、近衛師団長の部屋には小島少佐、川崎大尉らが押しかけ、決起
命令書の布告を迫っていた。これを拒否した林師団長及び同席していた少佐を殺害し、師団長名の命令書として宮内省及び放送会館を包囲占拠する。玉音放送の
放送を阻止するため、録音盤の奪取も目的とされ、録音されていた宮内省の捜索が開始される。
完全に封鎖された宮内省で、録音盤を持った放送局の三原と小宮侍従が息を潜めて隠れる。内大臣、情報局総裁、中島秘書官らも拘束されるが、誰一人として
録音盤の所在を明かさなかった。中島秘書官は隙をついて脱出、女官部屋に隠れていた小宮侍従らと合流する。
刻一刻と放送時間である8月15日正午が迫り、放送局に録音盤を持ち込まねばならない。中島秘書官は、宮内省病院を利用することを思いつき、女官を急病
人に仕立て、入院を装って中島秘書官と小宮侍従は宮内省建物からの脱出に成功する。しかし、すぐにその偽装を見破ったクーデター派が病院の捜索を開始。女
官部屋に残ったNHKの三原は射殺される。録音盤を持った中島秘書官は、単身地下室から脱出し敷地内を逃走するが、ついに兵に追いつめられる。絶体絶命の
危機に、歩兵第二連隊長が間に入る。山中東部軍司令官から真相を聞かされた連隊長はクーデター行動を中止したのだ。クーデター首謀者の白井大佐は自決。そ
の頃陸軍大臣も自決していた。
急遽放送会館に急ぐ中島秘書官だが、放送会館は川崎大尉らが占拠していた。あくまで玉音放送を阻止しようとするクーデター派の少佐は中島秘書官を殺害し
ようと刀を抜く。川崎大尉は少佐を銃で撃って中島秘書官の危機を救う。中島秘書官は録音盤を持って放送室に駆け込んでいく。
川崎大尉は皇居前広場で自決する。
(2007/07/07)