戦争映画の一方的評論
 
「ヒトラー 〜最後の12日間〜 評価★★★★ 秘書ユンゲが見たヒトラー
DOWNFALL
  2004 ドイツ 監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル 
出演:ブルーノ・ガンツ、アレクサンドラ・マリア・ララ、コリンナ・ハルフォースほか
155分 カラー


  ヒトラーの最期の12日間を、ヒトラー秘書ユンゲの目を通して描いた作品。原作はヨヒアム・フェストの「ヒトラー〜最後の12日間」とトラウドゥル・ユン ゲ本人の「私はヒトラーの秘書だった」。本作は映画としての出来具合も話題だが、ヒトラーを一人の人間として描くとい う、戦後のタブーを犯した衝撃作である。見る側の立場によっては、ヒトラー批判にもヒトラー賛美にもなりうる微妙なポジションにある。しかし、それはユン ゲという秘書が目撃した真実なのであり、我々は戦後史観によって不当に歪められたヒトラー観から脱却せねばならないことを示している。それは、ヒトラーの みならず、ゲッベルス、ヒムラー、その他の将軍、SS将校に至るまで、彼らにも人生と家族と理屈があったことを物語っている。本映画は安易な反戦観や人間 の愚かさを感じるだけに止まるべき作品ではない。我々自らがヒトラーら当事者になりうることを実感し、他人事ではなく自らの問題として、身の振り方をリア ルタイムに体験出来る仕上がりになっている。それも、当事者の一人ユンゲの視点であるからに他ならない。

 上映時間は155分とやや長めだが、全体としてはストーリー構成も良く、その衝撃性の強さから最期まで引き込まれていく。ヒトラー、ゲッベルス、ゲーリ ング、ヒムラーなどの著名な逸話はほとんど網羅されており、登場する内容自体にはさほど目新しいものはない。それだけに、話の展開がどう進むかは「読め て」しまう。しかし、本作の凄いところは、他作品のようにヒトラーが「他人」ではなく「本人」であることで、ヒトラーの表情、感情が実にリアルに描かれて いる。我々はこれまで激情的で、狂気的なヒトラー像ばかりを見せられているが、ここではそれ以外の優しい面、寂しい一面も見ることが出来るのだ。そのヒト ラーの知られざる側面は、一塊の伍長に過ぎなかったヒトラーが総統にまで上り詰めるカリスマ性なのかもしれない。さらに、芸術家でもあった軍需相シュペー アとの関係は、画家志望でもあったヒトラーの芸術指向をもしのばせる。
 また、本作はヒトラーのみならず、側近の知られざる側面も描き出している。特に宣伝大臣ゲッベルス一家の悲劇は涙なくして見ることが出来ないが、その妻 のマグダの一途な側面は感銘を呼ぶ。この他、ヒトラーの愛人で妻となったエヴァ・ブラウンなど悪者もしくはその加担者という側面でしか見られなかった人物 の描写が興味深い。
 さらに軍部の高官らの描き方も秀逸である。ヒトラーへの忠誠を誓う者、端から信用していなかった者など。ヒトラーとともに死を選択した軍人も少なくな かったが、ドイツ軍兵士における忠誠は、ヒトラー個人へのものというよりは、ナチ党やドイツ国民のプライドに対する忠誠であり、このことは当時の誰もがヒ トラーたりうる要素を持っていたとも受け取れる。 

 晩年のヒトラーを演じたのはブルーノ・ガンツ。この映画でヒトラー像が確定してしまうのではないかと言うほどの熱演ぶり。また、ゲッベルス役のコリン ア・ハリフォールもインパクトが強かった。本作品はドイツ軍将校にまでもきちんとした個性を持たせ、きちんと描いているため、長編でかつ屋内でのシーンが 多い割に話の展開がわかりやすいのが良い。

 映像はなかなか迫力がある。市街地廃墟での戦闘シーンもそこそこある。銃撃戦や着弾シーンは音響効果もリアルだ。ベルリンの市街地はロシアのレニング ラード(現サンクトペテルブルグ)での撮影だそうで、ロシア人エキストラがドイツ軍役を演じているのが皮肉だ。登場する兵器類はさすがに少なく、戦車では ソ連軍戦車が遠目に登場する程度。型式は遠くて不明。ドイツ軍側ではソフトスキンのほかハーフトラック装甲車が少量登場している。動いている車体はほとん どないので作り物だろうと思われる。歩兵兵器では対戦車兵器パンツァーファウストがやたら出てくる。これらを扱うのが高齢者や少年らで構成されたヒムラー 麾下の国民突撃隊というのがなんとも哀しい。

 本作の出来はストーリー、構成、映像、配役、音響といずれをとっても一流であ る。しかし、評価点が★4つなのは、本作が第三帝国崩壊という重いテーマを扱ったため、心情的に没入しきることが出来なかった点だ。本作は決して暗い映画 ではない。しかし、明るく気丈に振る舞っていてもヒトラー=第三帝国の牙城は徐々に崩れていく。離反者が出、腹心はベルリン脱出を説き始める。しかし、ベ ルリン脱出はヒトラーの最後を意味する。あとは首相官邸の地下要塞でその時を待つしかない。見ている我々もまた、映画の終了時間を予期しながら崩壊を待つ ばかりなのだ。そういう意味で、精神的には予想以上のダメージがある。そして、冒頭にも述べたが、禁断のタブーを扱ったことで、この映画の価値、ヒトラー の価値について大いに惑わせるのだ。戦後60年を経過した今、何故に惑わされるのか。見終わってなおその意味を考えさせる映画の評価は難しい。最後に、原 作者ユンゲのインタビューが入る。「若さは無知の言い訳にはならない」。この言葉もまた、意味の深さを思い知らされるのだ。 

興奮度★★★★★
沈痛度★★★★
爽快度★★
感涙度★★★


(以下 あらすじ ネタバレ注意)

 1942年11月、東プロイセンにある秘密司令本部「狼の巣」にヒトラーの秘書候補の女性たちが集められる。純粋に国のためにと応募したミュンヘン出身 のユンゲら2名が秘書として採用された。
 それから2年半が過ぎた1945年4月20日、もはやドイツ軍は連合軍の反撃に為す術もない状態にあった。ベルリン近郊にまでソ連軍が侵攻し、ベルリン にも砲撃の雨が降り始める。ヒトラーら首脳とユンゲらは首相官邸地下の総統地下壕に待避するが、ユンゲにはドイツ軍の敗戦はまだ信じられなかった。
 地下に待避したヒトラーはもはや客観的な判断能力がなく、戦闘能力のない師団に無謀な作戦指示を出し続けるなど、将軍らも困惑を隠しきれない。しかし、 将軍ら自身もまた正確な情報をヒトラーに進言する度胸もなかったのだ。そんな中、ヒトラーの56歳の誕生日を迎えるにあたり、側近らに動きが出始める。ナ ンバー2と称された空軍元帥のゲーリングはヒトラー宛に後継者の地位を確認する電信を送ってヒトラーの逆鱗を買って職を罷免される。ナンバー3の警察長官 ヒムラーもまた、ヒトラーの失脚を睨んでソ連軍との休戦交渉を勝手に始める。副官のヘルマンもまた離反の罪で銃殺される。さらに、ただ一人の友人であった 軍需相のシュペーアまでもがベルリンを去ろうとし、ヒトラーの落胆は続く。
 一方、宣伝相ゲッベルスは最後までヒトラーに忠誠を尽くす。妻マグダもヒトラーに強い信頼を抱き、幼い子供ともにヒトラーと運命をともにする覚悟を決め るのだった。
 市街ではSS部隊が撤退し、第9軍の生き残りとヒトラーユーゲントの少年兵、老人ばかりの国民突撃隊がむなしい戦闘を繰り広げていた。SS部隊の軍医は ただ一人残って治療に参加するが、無惨な光景に驚きを隠せない。また、市内では戦闘に参加しない者を裏切り者として処刑するSS隊員や自警団の姿も登場す る。
 ついにヒトラーは死を覚悟する。ユンゲはヒトラーの遺書を筆記する。4月29日に愛人エヴァと結婚し、ユンゲら身近な者に別れを告げる。翌日毒薬と拳銃 により自殺する。死体はSS隊員の手によってガソリン焼却された。後を追うようにゲッベルス一家も子供を毒殺した後に拳銃自殺する。軍部の高官らも自殺す る者、休戦交渉に当たる者、ベルリンから脱出を図る者などに分かれる。これらの一部始終を目撃したユンゲは、生き残った高官らとともに総統地下壕から脱出 するのだった。

 (2005/07/10)

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