「紙屋悦子の青春」
評価★★★★ 戦争に翻弄された一人の女性
2006
バンダイ 監督:黒木和雄
出演者:原田知世、永瀬正敏、松岡俊介、本上まなみ、小林薫ほか
111分 カラー
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劇作家松田正隆の母の実話をもとにした戯曲を映画化したヒューマンドラマ。第二次世界大戦時の特攻隊員ら軍人とその恋人をめぐる悲喜こもごもを
描いたもので、元が演劇なだけに非常にスローで台詞重視の一風変わった作品となっている。
テレビ朝日系列の映画と言うことで、ちょっと嫌な予感もしたのだが、意外にも予想を裏切る好作品であった。近年の映画においては異常とも言えるほどの長
廻しワンカットシーンが延々と続いたり、映画の時間をまるで気にしないかのようなスローなテンポでのストーリー展開、従来なら無駄と省かれるような細かい
所作や小道具、台詞など、通常の映画とは一線を画している。演劇をそのまま映像化したような感じなのだが、ともすればメリハリや物語の空間的広がりに致命
的な欠陥を生じてもおかしくないところだが、本作は見事にまとめあげてきた。
特に、台詞や所作が異常に細かく長いのだが、それが決して説明調ではなく自然なところが実によい。無駄とも思える自然な会話の中に、登場人物の性格や心
情の推移を見て取ることが出来るのだ。説明的映画が多くなった現代、日本人の心を美しく表現できたという意味で、いかにも昭和的、邂逅的な作品に仕上がっ
ている。
また、兄夫婦の夫婦喧嘩、勝手に上がり込んだ軍人らのかけあい、便所に行くと見せかけての退席、弁当箱を電気回路に変えることに固執する少尉など、随所
に笑える箇所があるのも楽しい。決して哀しいだけのストーリーではない。
もちろん、実話をベースにということだが、演劇ベースのためオーバー演出の感は否めないが、本当の昔の姿を知ると言うよりは、観客自身の心を洗うくらい
のつもりで見るのがいいだろう。本作では全てがちょっと美しすぎるからね(笑)。
演じる役者陣は皆若く、冒頭の老後のシーンはどうにもいただけないが、全般に溌剌と青春群像を演じて見せた。登場人物、場面、イベントともに上映時間の
割にはかなり少なめであり、映画の出来はかなり役者の演技力と個性にかかっていると思われる。かなりの長台詞にもかかわらず、それを感じさせない自然な演
技は好感。また、歳を感じさせない原田知世の清楚さにも驚かされた。永瀬や松岡の木訥とした軍人演技も良かった。
舞台は鹿児島県の米ノ津町。登場する軍人は海軍航空隊のパイロットと整備士官。残念ながら航空機等の兵器類はまるで登場しない(笑)。劇中に出てくる
「敵機が脱去せり」から「らっきょ」を食べると弾に当たらないという迷信も面白い。
全体に美しくすっきりとした出来具合。かなり美化している感は強いが、あえてそこを突っ込まずに素直に感動するのが得策かも知れない。
興奮度★★
沈痛度★★★
爽快度★★★★
感涙度★★★★
(以下 あらすじ ネタバレ注意 反転でご覧下さい)
戦後、病院の屋上で老いた夫婦が話しをしている。妻の実家にあった桜はまだあるだろ
うか、と問う夫に妻はまだあるでしょうねえと答える。
昭和20年春。鹿児島県米ノ津町に住む紙屋悦子は鉄道に勤めており、兄の安忠は特殊技師として働いている。兄嫁のふさは悦子の幼馴染みでもあった。
安忠は学生時代の後輩だった明石海軍少尉の紹介で永与少尉の縁談を悦子に持ってくる。悦子は本当は明石のことが好きだったのだが、明石の紹介と聞いて困
惑するも、会うだけあってみることにする。
3月31日 だが、縁談の当日、安忠は熊本の工場に徴用されて不在。ふさもついていったために、悦子は一人で永与少尉と明石少尉を迎えることとなる。時
間を聞き間違えていたために、明石らは先に家にあがっていた。テーブルの上にはおはぎが作られており、二人はそれが気になる。明石少尉はパイロットとして
死を覚悟しているために、親友である永与少尉に悦子を紹介したのだった。永与少尉に色々と会話のテクニックを教えるが、根っからの理系の永与少尉はなかな
か理解できない。
悦子が戻り、明石は便所に行くふりをして退席する。永与少尉はとまどうが、素直な気持ちで会話を続け、結婚の意思を伝えることが出来る。悦子もまた永与
のまっすぐな気持ちに答えようと思う。帰り際、おはぎを弁当箱に詰めて貰った永与はどうしても弁当箱を電気回路にしてしまうことばかり考える。
4月8日 兄が二日間の休暇をもらって帰ってくる。「敵機が脱去せり」から「らっきょ」を食べるといいなどと話しをしているところに、明石少尉がやって
くる。ついに沖縄戦に参加するのだという。だが、誰にも特攻隊員として必死なのだとわかり、ふさは悦子に明石を追いかけるよう言うが、悦子は陰で泣き崩れ
るのだった。
4月12日 永与少尉がやってくる。大村航空隊への転属が決まったのだという。両親にも会って欲しいとお願いし、悦子はそれを承諾する。そして少尉は明
石大尉(死後昇進)の悦子宛の手紙を渡す。永与少尉は「あいつの分もあなたのことを大事にせねばならん」と決意を固めるのだった。
(2008/12/16) |