「英国王 給仕人に乾杯!」
評価★★★★☆ チェコ人給仕人のラッキーとアンラッキーな半生
OBSLUHOVAL JSEM
ANGLICKEHO KRALE /I SERVED THE KING OF ENGLAND
2007
チェコ・スロバキア 監督:イジー・メンツェル
出演者:イヴァン・バルネフ、オルドジフ・カイゼル、ユリア・イェンチ、マルチン・フバ
ほか
120分 カラー
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第二次世界大戦前夜から社会主義国家となった戦後までのチェコスロバキアを舞台に、一介のチェコ人給仕人(レストランボーイ)が織りなすラッキーとアン
ラッキーの繰り返しを描いたコメディタッチのヒューマンドラマ。なかなかチェコ映画を見る機会はないのだが、イジー・メンツェル監督はチェコでは著名な監
督だそうで、原作者のボフミル・フラバルもチェコではカリスマ的な小説家なのだそうだ。日本ではメジャー級公開ではないが、ヨーロッパ等ではかなりの評価
があるらしい。
チェコスロバキアと言えば、1938年のドイツによるズテーテン地方併合(占領)を皮切りに、1939年にはチェコのドイツ保護領化、スロバキアのドイ
ツ管理下独立と、ヒトラードイツに蹂躙された暗い歴史を持っている。さらに、プラハがソヴィエト軍に解放されたため、戦後は共産主義体制のもと東欧的社会
主義の独裁圧政に抑圧されてきた。本作は1963年までを描いているので出てこないが、1968年にはプラハの春という激動を経験しているし、1989年
のビロード革命まで文化・経済ともに暗い閉鎖性を余儀なくされたのだ。
それだけ暗いチェコスロバキアの歴史を題材にしているのだが、意外にも本作はとにかく明るい。それでいて、明るいながらもきちんと負の歴史
を描ききっているのが凄い。ボフミル・フラバルが原作を執筆したのは1971年頃で、共産党政権下でこういった作品は公開できないため、ずっとアンダーグ
ラウンドで読まれていたそうだ。お隣ポーランドの作品でもそうだが、表現の自由を取り戻したあとの爆発的なエネルギーを感じる。とにかく、作品を自由に作
れる楽しさ一杯なのだ。戦争系のチェコ映画だと「大
通りの
店
(1965チェコスロバキア)」があるが、これは抑圧下のため微妙な作品に仕上がっている。
内容は第二次大戦前から戦後までを描いた割に、非常にコンパクトに凝縮してまとめあげている。たかが120分でこれだけの期間の描写をわかりやすく、テ
ンポよく見せるのは見事だ。主役の給仕ヤンは青年時と壮年時を二人の役者で演じており、共産党に逮捕され懲役を受ける15年間は空白となっているのだが、
まるで違和感がないし、フラッシュバックシーンの転換もテンポ良い。一つ一つのエピソード描写も深入りせずにインスピレーションを働かせる作り込みになっ
ているのが心地よい。
それに加え、主
役のイヴァン・バルネフのコメディチックな演技が楽しい。かなり小柄なのだが、そのコンプレックスを逆に利用し、出世と笑いに変えてしまうのが小気味
よい。髪型をちょっと変えるとヒトラーに似ているのも面白い。
また、何と言っても本作に描かれる女体の美しさは特筆ものだ。バストトップどころか全裸の女
性が続々と出てくるのだが、これが皆美しい。エロチックな部分もあるのだけれども、それ以上に女性のラインや魅惑的な所作に見とれてしまうのだ。本作で
は金持ちの道楽が一つの大きなテーマになっているのだが、道楽の定番である「美食」と「女性」が何度も登場する。おいしいものをひたすら欲するのと同様に
女性も欲するが、それが単なる性的行為への欲求ではなく、女性美つまり女体の鑑賞というのがいかにも金持ちらしい。
全般にコメディタッチなのだが、随所に元社会主義国家ならではの皮肉やブラックな面も隠されている。冒頭の出所シーンから「・・・刑期は15年。幸運に
も、恩赦のおかげで14年と9カ月で釈放された」なんて出てくるが、恩赦か・・・おいおい、たった3カ月かいと突っ込んでしまった。
もちろん、負の歴史にもしっかりと触れている。ドイツによる併合管理では、頑なにドイツ語を拒否する給仕長の愛国心が描かれている一方、ズテーテンのド
イツ人女性と結婚する主人公の微妙なバランス感覚がチェコの置かれた複雑な環境を物語っている。また、ドイツSS長官ハ
インリッヒ・ヒムラーが実践した「生命の泉 レーベンスボーン(レーベンスボルン)計画」も登場し、ドイツ人の純血主義思想を半ば嘲笑気味に見るチェコ人
の姿が浮かぶ。ちなみにレーベンスボーン計画を描いた作品では「第
三帝国の野望(1961独)」がある。
オープニングやエンディングに流れるピアノ音楽も印象的だ。日頃映画の音楽には無頓着な私だが、本作では随所で音楽に引き込まれ、映画のイメージにぴっ
たりだった。
役者は余り見たことのない人ばかりだが、主役のイヴァン・バルネフを始め、給仕長役のマルチン・フバなど、なかなかの個性派だ。ドイツ人女性を演じたユ
リア・イェンチは「
白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々(2005独)」でも主役を演じており、本作ではヌードも披露。
また、小柄なエチオピア皇帝が登場するが、なんとチェコの女性シンガーが演じているのだそうだ。
全般にとても見やすく、後味の良い作品だった。テンポや場面編集のテクニックにも非常に感銘を受けたし、チェコスロバキアの歴史をしっかりと描いてお
り、侮れない名作と言えるだろう。
興奮度★★★★
沈痛度★★
爽快度★★★★★
感涙度★★
(以下 あらすじ ネタバレ注意 反転でご覧下さい)
1963年頃のチェコスロバキアの刑務所か
ら一人の小柄な男ヤン・ジーチェが出所する。15年の刑期を恩赦により14年9ヶ月で出所したのだ。
ヤンは国境に近いズデーテンに行き、道路工事
の労働につくことになる。借りた一軒家は終戦で追い出されたドイツ人たちのボロボロの元ビヤホールだったが、そこを修理しはじめる。近所には同様にプラハ
再教育監獄から出てきた音楽の樹を探す大学教授と娼婦のマルツェラがいた。そんな生活をしながら昔を思い起こすのだった。
ヤンは1930年代に駅のソーセージ売りを
していた。お釣りを渡しそびれるふりをして小銭を稼ぎ、小銭をばらまいては拾う人々の姿を楽しむ日々だったが、次に小さなレストランの給仕人として働くよ
うになる。レストランでは町の名士達がビールを注文し、様々な話題で盛り上がる。その中に行商で儲けた小柄の男ヴァルデン氏がおり、臓物料理以外を全て注
文するのだった。ヴァルデンはかつて駅でお釣りをヤンに取られた男だったが、小柄のヤンを気に入り、自室に招き入れる。ヴァルデン氏は自室の床にお金を敷
き詰め、ヤンに「上手にコインを捨てることを覚えれば、やがて札束になって帰ってくる。金があれば世界はお前のものになる」と言うのだった。
ある日、レストランの軒先に美しい女性が雨
に濡れて立っていた。支配人は中に招き入れ、濡れた女性に客の注目が集まる。彼女はヤルシュカといい、近くの売春宿天国館の娼婦だった。ヤンは稼いだお金
を握りしめ、天国館のヤルシュカを訪ねていく。ヤルシュカに導びかれ事を終えると、ヤンはヤルシュカの裸体にヒナギクの花を飾るのだった。それからヤル
シュカはヤンにぞっこんとなるが、余りに懇意になりすぎたたため、支配人とぶつかりレストランを辞めることになってしまう。
次にヴァルデン氏の紹介で勤めたのは、ユダ
ヤ人チホタ氏の経営するチホタ荘だった。チホタ荘には大富豪や将軍がやってきて、豪華な料理と女達を堪能していた。客達は奔放に遊び、食べ、最後は女達と
部屋に消えていく。ヤンも女給仕のヴァンダに誘われる。翌朝、帰り際に将軍は支払いを済まそうとするが、食べ物や破壊したものなど膨大な金額だった。しか
し、将軍は平然と金を払い、支払額よりも多い残りの札束をヤンにチップとして渡すのだった。ヤンはまたしてもここを辞めざるを得なくなるのだった。
次にヴァルデン氏に紹介されたのは、プラハ
で一番の高級ホテル・パリのレストランだった。そこには英国王の給仕をしたこともある優秀な給仕長スクシーヴァネクがいた。スクシーヴァネクは客を見ただ
けで客の国籍、注文がわかるのだった。そこでスクシーヴァネク氏にかわいがられるヤンだったが、主任給仕には嫌われていた。オーナーのブランデイス氏のお
気に入りだった主任給仕だったが、ヤンが足をひっかけたために料理をこぼし、プライドの高い彼は店をやめる。代わりにヤンが主任給仕に昇格するのだった。
店の二階では金持ちらが裸の美女を肴に料理
を楽しんでいる。ヤンは宴席が終わると裸の美女と事を始め、裸体にフルーツを盛りつけるのだった。
ある日、エチオピア皇帝の晩餐会がホテルで
行われることになる。アフリカ料理を披露し、皇帝が給仕長に勲章を授けることになる。しかし、背の低い皇帝はスクシーヴァネクの首に勲章をかけることが出
来ず、隣にいたヤンにかけてしまう。こうしてヤンは勲章を手に入れるのだった。
時代が変わり、ズデーテン地方がドイツ支配
下に置かれる。街ではドイツ人が威張り始めるが、チェコ人たちはドイツ語を話すことも、ドイツ人の客を入れることも拒否して抵抗する。だがヤンはチェコ人
の不正も嫌いで、街で虐められているズデーテンのドイツ人女性リーザを助ける。それが縁で二人はつきあいはじめるが、ドイツ人のリーザと親しくするヤン
を、スクシーヴァネク給仕長は気にくわない。ついにヤンはホテル・パリもスクシーヴァネク給仕長のもとも去らねばならなかった。それから間もなく、チェコ
はドイツの保護領となり、ホテル・パリはドイツ軍人らで占められるようになる。
リーザはドイツ純血主義を信奉しており、
チェコ人とは結婚できないが、ヤンの祖父の名にドイツ系の名があり、リーザはヤンとの結婚を決心する。晴れて結婚したヤンは、ドイツ軍に入隊したリーザの
勧めで、ドイツ軍が接収したチホタ荘で働くことに。そこはスラブ民族優生種を生むための若い男女が生活する「優生学研究所」だった。裸のドイツ人女性と軍
人らに囲まれてヤンは給仕をする。
妻のリーザは前線に赴むくこととなり、ヤン
はそれを見送るが、その奥の貨車に詰め込まれたユダヤ人のヴァルデン氏を見かける。ヤンはパンを渡そうと走るが、ヴァルデン氏に渡すことは出来なかった。
やがて、リーザはユダヤ人の家から奪ってき
た切手とともに帰還する。莫大な価値を持つ切手を売ればホテルも買えるのだった。だが、戦局は悪化し、研究所は傷病兵の病院に。そして、爆撃を受け、リー
ザは死んでしまう。
戦争が終わり、ヤンは切手を売ってチホタ荘
を買い取って、ホテル・ジーチェを開く。有り余る金で豪華な調度を揃えるが、2月事件によって社会主義政権となり、金持ちのヤンは全てを失い、監獄に送ら
れる。監獄にはかつての金持ち達が収監されているが、かつて同胞を裏切ったヤンは仲間に入れてもらえない。
ビアホールを修繕し終わったヤンは、年老い
たヴァルデン氏を迎え、ビールを注ぐ。そして小銭を渡し、「あの日のお釣りをお返しします」と言い、二人はジョッキを合わせるのだった。
(2009/2/23) |