「ヒトラーの贋札」 評価★★★☆ 贋札偽造作戦に従事したユ
ダヤ人
DIE FALSCHER THE
COUNTERFEITER
2007 ドイツ・オーストリア 監督:ステファン・ルツォヴィツキー
出演者:カール・マルコヴィクス、アウグスト・ディール、デーヴィ
ト・シュトリーゾフ
ほか
96分 カラー
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ナチスドイツが第二次世界大戦中にイギリス紙幣ポンド札を大量に偽造した「ベルンハルト作戦」を題材に、偽造作戦に従事したユダヤ人の視点を中心に描い
たヒューマンドラマ。実際に従事し生き残ったアドルフ・ブルガーの著書をベースに、フィクション部分を加えて製作されている。一部は仮名を使っているが、
ほとんどが実名で登場し、おおまかな作戦自体は史実にかなり忠実にできているようだ。
ベルンハルト作戦は、1943年から終戦までの間、ナチス親衛隊国家保安本部第IV局(諜報部外国局)の紙幣偽造課が実行した史上最大の紙幣偽造事件と
言われる。目的は、敵国の経済攪乱にあり、終戦までに1億3000万ポンド以上が偽造され、スパイへの報酬、工作資金、武器調資金などとして使用され、ポ
ンド全流通量の10%近くを占めたともされる。
贋札は紙幣偽造課長のベルンハルト・クリューガー親衛隊少佐の指揮のもと、マウトハウゼン、ザクセンハウゼン、エーベンゼーの強制収容所内に設置された
贋札工場で偽造され、従事者144名のうち135名がユダヤ人であった。
終戦時にナチス親衛隊は贋札や書類をオーストリアのトープリッツ湖に沈めたが、1959年に雑誌社によって回収され、一般にその存在が知られるように
なった。
本作は、ユダヤ人贋作師サロモン・ソロヴィッチ(サリー)を中心に贋札工場の経緯、出来事を描いたもので、紙幣偽造課長のフリードリヒ・ヘルツォーク少
佐とサリーの関係、従事者のユダヤ人同士の関わりのヒューマンドラマがメインとなっている。特に、一人一人の人物の置かれた立場や性格がしっかりと描かれ
ており、最後までその性格付けがぶれることがないので、ストーリーに安心して入れ込むことができた。何と言っても、主人公サリーの生きるための確固とした
信念の強さは凄い。贋作師としてのプライドとユダヤ人仲間に対する共感の揺れ動きが生じるのだが、それを封じ込める意志の強さは並大抵ではない。全ては生
きるために。このほか、共産主義者のブルガー、クリンガー医師の立場や個性も充実している。
全体に個人的感情表現は抑えめという印象だ。ユダヤ人収容所という鬱屈した空間であるが故に、感情を押し殺そうとする意図もあるのだろう。喜怒哀楽が少
なめな点、精神的には安定して見ていられる(笑)。唯一、パスポート偽造過程で我が子のパスポートを発見してしまうロセックの嗚咽に涙したが。
96分という上映時間はあっという間に過ぎた。特に盛り上がる場面があるわけでもなく、淡々と流れていく映画であったが、いつ殺されるかわからないとい
う緊迫した雰囲気が続き、ようやく終戦という解放感を存分に味わうことが出来る。そういう意味で、物語の起承転結がコンパクトにまとめ上げられていると言
えるのだろう。ラストシーンは、やや抽象的な展開だが、これは視聴者に考えて貰おうという監督の意図らしい。モデルとなったサリーは実際には再び贋札作り
に携わったらしいので、へたに現実に引き戻されるよりは良かったかもしれない。
そのサリー役のカール・マルコヴィクスはほとんど笑うこともなく、ポーカーフェースの快演。贋作師のしたたかさ、ユダヤ人の生命力などを実に良く表して
いると感じた。決して善人でもなく、ヒーローでもない主人公は、実に印象的だった。
全体的には、紙幣偽造過程もわかりやすく描かれているのも興味深く、ベルンハルト作戦の全体像がわかりやすいのも評価できる。ただ、何となくなのだが、
映画そのもののインパクトという点ではちょっと物足りない。ドキュメンタリー映画を見たような蛋白感が残る。ネチネチとした感情を余り入れ込まずにコンパ
クトに仕上げたからなのだろうか、ユダヤ人収容所を取り上げた作品の割にはカラッとした雰囲気なのだ。
良い作品なのだが、もう少し心に響く何かがあると良かったかなあ。
公式サイト
興奮度★★★
沈痛度★★★★
爽快度★★★★
感涙度★★
(以下 あらすじ ネタバレ注意 反転でご覧下さい)
第二次世界大戦時のベルリン。ユダヤ人贋作師のサロモン・ソロヴィッチ(サリー)は、パスポートや贋札作りの罪で国家保安局のフリードリヒ・ヘルツォーク
に逮捕される。サリーはマウトハイゼン強制収容所に送られ、過酷な強制労働を課せられる。次々に死んでいくユダヤ人を目の当たりにし、サリーはドイツ監視
兵の肖像画を描くことで、ドイツ兵から重宝され命を長らえる。
そのサリーにザクセンハウゼン収容所行きが命じられる。同じ貨車には美大生だったユダヤ系ロシア人のコーリャが乗っており、同じ美大に通っていたことか
ら親交を深める。
ザクセンハウゼン収容所には、かつてサリーを逮捕したことが評価され紙幣偽造課長に登用されたヘルツォークSS少佐が待っていた。サリーのほかに印刷技
師のブルガー、印刷工を名乗るロセックらは、収容所内の偽造工場に連れて行かれる。
ドイツはイギリス経済混乱のために、ポンド紙幣の偽造「ベルンハルト作戦」を実施していた。サリーらは紙幣偽造のために利用されるために集められ、そこ
にはすでに多くのユダヤ人が従事していた。
サリーは原板作成の主任としてポンド紙幣の偽造に成功し、ヘルツォークSS少佐は褒美に卓球台を与える。彼らの工場の外では他のユダヤ人たちが殺されて
いく。生き残るために、協力するほかないのだ。ヘルツォークSS少佐は次なる業務としてアメリカドル紙幣の偽造を命じる。サリーは生き延びるために仕方な
いと仲間を説得するが、急進的な共産主義者ブルガーはそれを拒否し、印刷をわざと失敗させる。
そんな中、ロセックが回収されたユダヤ人パスポートの中から、自分の子供たちのパスポートを見つけてしまう。ロセックは自殺を図ろうとし、仲間に助けら
れる。また、コーリャは肺結核を患ってしまう。ユダヤ人医師のクリンガーは薬が必要とし、サリーはコーリャを救うため、ヘルツォークSS少佐と取引するこ
とにする。
サリーはブルガーの妨害を回避し、ついにドル紙幣の偽造に成功する。交換条件として少佐から薬を手に入れが、少佐の部下が病気のコーリャを発見し射殺し
てしまう。
落胆の空気が流れる中、収容所内に不穏な空気が流れる。ついに連合軍がやってきたのだ。少佐らはユダヤ人を残したまま立ち去っていく。サリーは偽造紙幣
を取りに戻った少佐を脅して金を奪う。そして収容所は解放され、自由の身となる。
戦後、サリーは偽造ドル紙幣を使って身なりを整え、カジノに金を投じる。それを見たカジノの女が寄ってくるが、次第にサリーの心に変化が現れる。サリー
は全ての偽造紙幣をカジノに投じ、無一文になるのだった。
(2008/04/18)
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