「母べえ」
評価★★★ 逮捕された父なき家を支える母べえの姿
kaabee
2008 松竹 監督:
山田洋次
出演者:
吉永小百合、坂東三津五郎、浅野忠信、志田未来、佐藤未来、笑福亭鶴瓶、檀れい
ほか
132分 カラー
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明確な戦争映画ではないが、昭和15年から16年頃の東京で、治安維持法違反で逮捕された父と残された二人の娘を守りぬく母の姿を描いた、ホット系
ヒューマンドラマ。戦前の人々のつつましい暮らしぶり、反戦思想の人々と特高警察、国防婦人会など、戦雲立ち込める時期の風俗を描いたものとして興味深
い。内容的には切ない内容だが、コミカルな場面や登場人物も多く、笑い感動できる仕立てとなっている。
原作は野上照代原作「父へのレクイエム」で、自叙伝だそうなのでフィクションではないらしい。監督は山田洋次で、人間味を重点においたホットな作品と
なっている。ただ、最近の山田監督作品に共通するように、どうも伝わってくるものがなく、恣意的なきな臭さを感じてしまう。中途半端な左巻き思想家のよう
で、人間愛と世俗風刺が互いにけん制するようにぶれているのを感じる。さすがに歳を取って、戦争の傷に感傷的になっている自分に気付いていないのだろう
か。監督としては致命的だ。
また、何で最近の映画は皆そうなのか疑問だが、現代回帰シーンの挿入がいただけない。せっかくの戦前の母への感傷が一気に冷める。とても可愛らしい二人
娘の初べえ、照べえが・・・・倍賞千恵子と戸田恵子に・・・・。お二人ともお美しいですが、でもそりゃないだろうって感じ。このシーンは必要なのだろう
が、映像はカットして声だけで良かったんじゃないかな。
そういうわけで、せっかく感動的なストーリーなはずなんだが、どうも涙が出そうで出ない。
もう一点、感動を阻害したのは、父(とお)べえと母(かあ)べえの立ち回り方。ノンフィクションだということなので、おかしいと言っても仕方のないこと
なのだが、ドイツ文学者の父べえが日中戦争反対の思想で逮捕されるわけだが、ドイツ文学者としての書き物なのに何故反戦思想が盛り込まれるのか、よく分か
らない。映画中でも明確にされないが、「アカ」なのか単に反戦思想なのかも、どうも判然としない。もし、映画中で言われるように日中戦争反対なだけなら
ば、もっと簡単に転向できそうなものだし、家族に辛苦をなめさせてまで意地を張ることもなかっただろう。映画では温和で良識人として描かれている父べえだ
が、あの意地の張り方からして、かなりのアカなのではないかと疑ってしまう。
加えて、母べえもまた頑固なまでの意地の張り方。辛抱強く、鉄の意志と言ってしまえば言葉はいいが、子供の労苦や実父の苦境にも意思を曲げないあたり、
かなり確信犯的なイメージを感じてしまった。
私としては、実話なのだからどちらでも構わないと思うのだが、こうした背景などの描写は(意図的に?)かなり甘めに作ってあるため、かえって色々な疑義
を醸し出してしまい、集中できなかった。アカだろうが、全体主義者だろうが、一途に闘い、耐え忍ぶ姿は感動的なのだ。
個人的には燃料屋のおじさんが一番人間味が出ていて面白かった。良心的一般人なのだが、時局の変化とともに全体主義的な行動に染まっていくあたりは、ご
く普通の人々の一般的な姿なのだろう。全体主義が政治家や軍部、官憲によって主導されていた時代と言うよりは、こうした良心的国民の総体として全体主義が
出来上がっていったんだろうと思う。
また、鶴べえが国防婦人会の「贅沢は敵だ」に抵抗して警察にしょっ引かれるシーン。一見ヒステリックなご婦人達に酷い嫌悪感を覚えるのだが、そのご婦人
達も夫や息子を最前線に送っている身であると仮に想像してみると、夫や息子が最前線で何日も食べるものがなく、腐りきった死体の側で休息し、撃つべき弾も
なく肉弾突撃の恐怖に怯えているとしたら・・・国内で贅沢している連中に憤りを感じるのも当たり前かもしれない。映画を見ながらそんな妄想をしていたら、
逆に鶴べえに怒りを感じてしまった(笑)。これが戦時の狂気なのだろう。「死」を介在に物事を推し量れば、必ずやこうした争いのもとが出来るのだ。
さて、主演の母べえ、吉永小百合は60歳台とは思えない若さだ。確かにもはや色気というものではないが、日本人女性の美のオーラや母性というものを感じ
る。ただ、海でおぼれた浅野を助けに走るシーンでは、もろに歳が出ていたが(笑)。
浅野忠信は父べえの教え子役で母べえに密かに恋心を寄せる青年役を好演。純朴でコミカルな青年像は、今の世相にはない姿だ。このあたりは山田監督の真骨
頂とも言えよう。子役の志田未来、佐藤未来は戦前の少女らしいかわいらしさが良く出ていた。
戦前の建物などの雰囲気はそれなりに出ていたが、撮影背景はかなり限られていて、しかもスケール感はない。まあ、スケール感を感じるべき作品ではないの
でいいのだが、山田監督は寅さん映画のようなセット感覚の絵が得意なのだろうか。ただ、いただけなかったのは輸送船撃沈シーン。なんともしょぼい映像で、
あれならむしろ音声などで想像させたほうがまし。なお、兵器類では一度だけ5機編隊の戦闘機が登場する。銀色機体なので隼かなんかのつもりかな。
全体としては、そこそこの出来といった感じか。切ない内容とはいえ、深刻になりすぎるものでもないし、適所に笑いも入ってくるので、気楽に見る事ができ
る作品だとはいえる。だが、反面伝わってくるものが少なく、心に響くことを期待していると肩透かしを食らうかも。本物の母べえは、きっと凄く苦労して頑
張ったんだろうが、映画からはちょっと・・・。
興奮度★
沈痛度★★★★
爽快度★★★
感涙度★★★☆
(以下 あらすじ ネタバレ注意 反転でご覧下さい)
なし
(2008/02/10) |