「セントアンナの奇跡」
評価★★★ イタリアで米陸軍の黒人兵のまわりに起こる奇跡
MIRACLEATST.ANNA
2008
アメリカ・イタリア 監督:スパイク・リー
出演者:ラズ・アロンソ、デレク・ルーク、オマー・ベンソン・ミラー、マッテオ・シャボルディ、ヴァレンティナ・チェルヴィ
ほか
160分 カラー
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第二次世界大戦時の1944年秋、イタリアのトスカーナ地方。アメリカ陸軍第92師団所属の黒人兵4名が迷い込んだイタリアの村で起きる奇跡を描いたサ
スペンス風ヒューマン
ドラマ。ムッソリーニが失脚した後のイタリアにはドイツ軍が駐留しており、アメリカなどの連合軍はドイツ軍に攻勢をかけていた。その部隊の一つがアメリカ
陸軍第92師団バッファロー・ソルジャーで、黒人兵で編成される特殊な部隊だった。
ストーリーは1983年のアメリカニューヨークで起きた
不可解な殺人事件を発端に、1944年イタリアのトスカーナの村で起きた奇跡を邂逅し、謎解きしていく仕立てになっている。第92師団所属で
最前線で孤立してしまった4名の黒人兵を中心に描かれるが、不思議な力を持つイタリア人の少年アンジェロが重要なキーマンとなっている。
原作は実際に第92師団従軍の叔父を持つジェームズ・マクブライトの小説で、本作の脚本も手がけている。ストーリーそのものはフィクションだが、実在の
黒人師団の虐げられた実態や、1944年8月12日に起こったイタリアのセントアンナ教会(サンタンナ・ディ・スタッツェーマ)の大虐殺、サンタ・トリ
ニータ橋の破壊など史実も盛り込まれて構
成されている。監督は「マルコムX」などを手がけた黒人監督スパイク・リー。戦争系映画は初めてだそうで、並々ならぬ意欲を感じる。
全般的にはサスペンス的な雰囲気が強いのだが、宗教的なシリアスドラマ、黒人差別を風刺した社会派ドラマといった側面も持ち、かつ戦争アクションとして
も力が入っている。正直、見ている途中も観終わった後もジャンルを特定することが難しかった。結果、何だかすっきりとしないもどかしさと、ストーリー的に
もいくつかの理解できない疑問点が残ってしまったのが残念。
その要因の一つとして製作者が描こうとしたテーマの難解性があるだろう。というのは、本作はキリスト教的な善悪と贖罪といったものが「奇跡」として描か
れた
り、黒人人種差別がちょっとした隙間に繊細に描写されているのだ。キリスト教のことは良くわからないのだが(汗)、キリスト教的な奇跡というのは「神」も
しくは敬虔な信徒によって起こされるという人為的な側面が強い印象があり、自然物を万神とし奇跡は自然が起こすとする日本的な感覚からすると違和感は拭え
ない。何やら強引なこじ付けにも思え、どうもストーリーで起きる「奇跡」がすっきりしないのだ。また、黒人人種差別の描写も、日頃から人種差別に疎い日本
人にとってはリアル感が薄いし、細かい描写もかなり見落としてしまっている感がある。本来ならば些末な差別的描写が積み重なることで、人種差別への怒りと
絶望が昇華してくるように企図されているのだろうと思うが、製作側の意図ほどそれを感じることができなかった。
もう一点としては小説に忠実だったせいか、サスペンス的な作りに固執した印象が強く、ストーリー全般に説明不足が感じられたことがある。ただでさえ上記
のよう
に日本人にとっては難解であったのに加え、登場人物の性格、行動等が非説明調だったため、途中や最後の「奇跡」を理解するのに時間がかかってしまった。キ
リスト教徒や黒人であれば素直に理解できるのかもしれないが、私にはかなり難解であった。そういう意味では、本作から受ける感動は生きてきた環境や人生経
験の差によってかなりの温度差があるのではないだろうか。私のようなバリバリの日本人に
とってはやや受け容れ難い側面があるかもしれない。
また、作品のキーとなるシンボルである「プリマヴェーラの彫像」や「眠る男の横顔」の意味も非常に難解。意味深なシンボルで重要な意味があるように思え
るのだが、結局私には理解できなかったのか、作品中で大きなウエートを占めているようには思えなかった。このあたりも消化不良感として残ってしまった。
小説が元になっているだけあって、4名の黒人兵はそれぞれ個性的に設定されている。主人公のネグロンは無線手の伍長。リーダーはスタンプス二等軍曹で真
面目な性格。カミングス三等軍曹は女好きで即物的。「チョコレートの巨人」トレイン上等兵はストーリーの転機を創出する最も神がかった存在だ。それぞれ個
性的な俳優を配し、演技としては申し分ない。ただ、前述したとおりもう少し性格付けがあっても良かったかも。また、イタリア人女性レナータは妖艶な人妻
で、イタリア人のヴァレンティナ・チェルヴィが演じ、美乳ヌードも披露する。もう一人の主人公イタリア人少年アンジェロは本作デビューのイタリア人少年。
まあまあの演技だが、奇跡に関係するストーリーからするともう少し神秘的な雰囲気があっても良かったところ。
本作で良かったのは登場する米独伊人がそれぞれ自国語を話している点。アメリカ映画は英語一辺倒になりがちだが、きちんと言語を使い分け俳優もそれぞれ
の国から選ぶあたりは監督のこだわりを感じる。また、ロケ地もイタリアで行っており、これまたこだわりだ。
さて戦闘シーンだが、本作の戦闘シーンは全体の三分の一程度だがなかなか秀逸な部類に入る。15禁がかかるほどリアルでグロいシーンもあるし、機銃弾、
迫撃砲などの着弾シーンも良くできている。
基本が歩兵の渡河突撃と市街戦なのでスケール感には乏しいが、リアルさは及第点だ。ただし、本作のストーリーやテーマ性から言うと、そこまでリアルな映像
が必要だったかというといささか疑問は残る。主要な人物がグロい死体になっていくのは直視に堪えないし、そこまでする理由はない気がする。どちらかという
と奇跡と言うファンタジー的な要素を描いているのだから、「死」の表現もオブラートに包んだ表現の方が内容に没頭できたのでは。
なお、登場する部隊としては米陸軍第92歩兵師団のほか、独軍第16SS装甲擲弾兵師団
ライヒスフューラー、イタリアレジスタンスが出てくる。イタリアレジスタンスはアメリカ軍に情報提供する一方、必ずしもアメリカ軍と同調していないあたり
の描写が興味深い。兵器類はほとんど登場せず、ジープ類のソフトスキンと迫撃砲、野砲程度。
全般に監督の意欲は感じられるが、思い入れが強すぎたのか、若干肩の力が入りすぎの感。先に述べたテーマ性の難解さもあいまって、思ったほど感動が得ら
れず、作品にのめりこむことができなかった。ややマニアック系の作品だと言えようか。
興奮度★★★
沈痛度★★★★
爽快度★★
感涙度★★★
(以下 あらすじ ネタバレ注意 反転でご覧下さい)
1983年のニューヨーク。一人の老いた郵
便局員が切手を買いにきた男を射殺する。郵便局員の名はヘクター・ネグロンと言い、犯行の理由も不明で口を閉ざしている。だが、逮捕されたヘクターの部屋
からイタリアの橋についていた彫像プリマヴェーラが発見され、新聞記者の問いに重い口を開き始める。
1944年の秋、イタリアのトスカーナで米
陸軍第92歩兵師団はドイツ軍と対峙していた。92師団は黒人で編成された部隊で、指揮官は白人のため黒人人種差別や偏見が満ちていた。ヘクター・ネグロ
ン伍長の小隊は前衛偵察のため渡河作戦を実行するが、瞬く間にドイツ軍の機銃や迫撃砲の餌食となる。対岸にたどり着いたのはヘクター伍長のほかサム・トレ
イン上等兵、オーブリー・スタンプス二等軍曹、ビショップ・カミングス三等軍曹の4名しかいなかった。リーダーとなったスタンプス二等軍曹は味方砲兵隊に
援護射撃を頼むが、白人指揮官の中隊長(大尉)は信用せずに見捨ててしまう。4人は完全に孤立し、ドイツ軍支配地のイタリアの村へ侵入しるしかなかった。
トレイン上等兵は大男だが、純粋な信仰心を
持つ変わり者で、破壊された橋で拾った彫像の頭を持ち歩いている。トレイン上等兵は砲撃された廃屋で倒れていたイタリア人の少年アンジェロを助け出し、連
れ歩くようになる。アンジェロは見えない友達と話をし、神秘的な力を持っている。トレインのことを「チョコレートの巨人」と呼んで慕う。
4人はドイツ軍の目を盗んでトスカーナの村
にたどり着き、ファシスト党員の家に食料を求めて入る。家には夫が出征している人妻レナータがおり、英語を話すことができた。レナータらは4人を匿い世話
をするようになる。無線手のヘクターは壊れていた無線機がアンジェロによって直ったのを見て、次第にアンジェロの力(奇跡)を信じるようになる。
直った無線で本隊から、ドイツ軍の総攻撃の
情報を仕入れるため捕虜を取れとの指令が届く。白人の命令に従おうとするスタンプス二等軍曹だが、カミングス三等軍曹は本国などで経験した黒人人種差別の
ことを思い、指令に従うことに拒否反応を示す。イタリア人は黒人に無頓着で、彼らは今黒人ではなく一人の人間であったのだ。
そんな折、イタリア人パルチザングループの
ペッピらがドイツ兵の捕虜を一人連れてやってくる。捕虜を欲しがる黒人兵と反目しあうが、捕虜の尋問のために数日貸し出すことを認める。アンジェロはその
ドイツ兵と顔見知りのようで、ドイツ兵は「走って逃げろ」と囁くのだった。その光景に不審を感じたヘクターはアンジェロから真実を聞き出す。実はアンジェ
ロはドイツ軍SS親衛隊によるセントアンナ教会の大虐殺に巻き込まれており、そのドイツ兵によって逃がされていたのだ。その結果ドイツ兵も逃亡せざるを得
なくなり、ドイツ軍はドイツ兵の捜索を行っていた。さらに、アンジェロはパルチザンのうちの一人ロドルフォにひどく怯えていた。ヘクターはロドルフォが怪
しいと警告しに行くが、時遅くドイツ兵捕虜は殺害され、ロドルフォは逃亡する。ロドルフォはドイツ軍の手先だったのだ。
スタンプスは密かにレナータに惚れていた
が、女好きのカミングスがレナータと寝てしまう。怒ったスタンプスはカミングスと取っ組み合いになる。
捕虜の尋問に米軍の白人士官ノークス大尉が
やってくる。だが捕虜はすでに死亡しており、大尉は激怒する。さらにアンジェロを連れていくとするトレイン上等兵を叱責し、黒人のバードソン中尉に引き離
すよう命じるが、トレインは逆に中尉の首をつかんで宙づりにする。宙づりにされた中尉の横顔は村に伝わる「眠れる男の横顔」だった。伝説では眠れる男が起
きた時、ドイツ軍は去っていくとされていた。
大尉らがジープで去っていこうとしたときド
イツ軍の総攻撃が始まる。大尉らのジープは木っ端みじんに吹き飛ぶ。スタンプスらとペッピらパルチザンは必死の反撃を試みるが、多勢に無勢で村人たちも倒
れていく。まずトレイン上等兵が敵弾に倒れ、カミングス三等軍曹に彫像を託す。だがカミングスも倒れ、逃げていたレナータや父親も死亡する。ペッピも死亡
し、残ったスタンプス二等軍曹も奮闘するがついにドイツ兵に囲まれて死亡する。唯一ヘクターだけが生き残るが、ついにドイツ兵に囲まれる。だが、その時一
人のドイツ軍将校がやってきてヘクターの命を救い、「自分の身を守れ」とルガー拳銃を渡して去っていく。アンジェロも生き残った。
ニューヨークの郵便窓口でヘクターがルガー
拳銃で撃ったのは移民してきたロドルフォだった。40年経ちようやくロドルフォの罪を裁いたのだ。だが、ヘクターは殺人の罪で重罪は免れなかった。ところ
が、ヘクターは誰かの助けによって保釈金を支払い自由の身となる。そして保釈金を支払った男の元に連れて行かれる。そこにいたのは、戦後成功したアンジェ
ロで、二人は再開し抱擁するのだった。
(2009/09/014) |